東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10135号 判決 1968年6月29日
原告 山田裕子
右訴訟代理人弁護士 中村勝美
被告 萩原美恵子
<ほか二名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 田中登
右訴訟復代理人弁護士 藤原寛治
主文
被告らは原告に対し連帯して金八五七、四八二円および内金七七七、四八二円に対する昭和四一年八月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らのその余を原告の負担とする。
この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し、連帯して金一、八一六、三一九円および内金一、三〇〇、〇〇〇円に対する昭和四一年八月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求め、請求の原因および被告の抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。
一、(事故の発生)
被告萩原美恵子は(以下被告美恵子という)、昭和四一年八月二四日午前七時四〇分頃東京都世田谷区玉川瀬田町四一七番地先玉電瀬田停留所附近において、被告萩原幸子(以下被告幸子という。)所有の普通乗用自動車(品川五め五一七〇以下被告車という。)を運転し、二子橋方面から渋谷方面に進行中、横断歩道を右から左へ横断中の原告に接触してその場に転倒させ、右側頭部打撲脳震盪症、右肩挫傷、左肘部挫傷、左骨盤骨折、左足部挫創等の治療約九ヶ月半を要する傷害を与えた。
二、(帰責事由)
(一) 被告美恵子には次のとおりの過失があった。即ち、自動車運転者はこのような交差点では警音機を鳴らして警告を与えると共に歩行者の動静を十分注視し減速徐行して事故の発生を防止しなければならない業務上の注意義務があり、かつ、横断歩道に近接した場合であるから当然横断歩行者を予想して減速徐行すべきところこれを怠り、その直前を十分通過できるものと判断をあやまり歩行者から目をはなして同一速度のまま進行した過失により本件事故が発生したものである。
(二) 被告萩原三良は被告ら一家の主人として被告車を自己のために運行の用に供していたものであり、かつ被告美恵子の前記不法行為により生じた損害賠償の債務を引受ける旨、原告の代理人である訴外山田孝子に対し意思表示した。
(三) 被告幸子は被告車の所有者として運行供用者責任がある。
三、(損害)
(一) 療養費
1 治療費 四一〇、六二〇円
昭和四一年八月二四日から昭和四二年六月六日までの間。
2 付添費
付添婦付添費第一日目九三八円、二人付一日当り七八〇円の割合で二一日分一六、三八〇円、一人付一日当り一、四二〇円の割合で四九日分六九、五八〇円
3 通院交通費 一、〇〇〇円
一日当り二〇〇円の割合で五日分
4 家族交通費 一八、〇〇〇円
事故直後一〇日間自動車賃往復一、二〇〇円の割で一〇日分一二、〇〇〇円、その後電車往復一〇〇円の割合で隔日に六〇日分六、〇〇〇円
1ないし4合計五一六、五一八円
(二) 得べかりし利益の損失
1 給料 一八九、六二二円
昭和四一年八月二四日から昭和四二年三月一五日まで。
2 一時金(賞与)六一、八〇〇円
昭和四一年一二月支給分四八、〇〇〇円および昭和四二年七月分支給分一三、八〇〇円の合計
3 有給休暇減少 九、八五五円
昭和四二年度分一日一、〇九五円の割合で九日分
1ないし3合計二六一、二七七円
(三) 慰藉料 一、三〇〇〇、〇〇〇円
原告は事故当時二六才の未婚の女性で昭和三八年三月上智大学独文科を卒業し昭和四〇年五月以来株式会社田園無線に勤務していたところ、本件事故により約四ヶ月入院し、さらに約三ヶ月自宅療養を続けたこと等により精神的苦痛をうけた。
(四) 損益相殺
右(一)ないし(三)の合計二、〇七七、七九五円のうち被告らから治療費四一〇、六二〇円および付添費八六、八九八円の弁済をうけたので、これを相殺すると、残額は一、五八〇、二七七円となる。
(五) 弁護士費用 二三六、〇四二円
着手金として請求金額の五%に当る七八、〇一四円および成功報酬として認容額の一〇%に当る一五八、〇二八円の合計。
四、よって、原告は被告らに対し、連帯して一、八一六、三一九円および内金一、三〇〇、〇〇〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四一年八月二五日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
五、原告が横断歩道を通行せず斜めに横断中であったことは否認する。従って、過失相殺の抗弁は失当である。
被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。
一、請求の原因第一項について、原告主張の日時場所において、被告美恵子の運転する同幸子の所有車が原告に接触し同女を負傷させたことは認める。原告が横断歩道を横断中であったことは否認し、負傷の程度および内容は知らない。
二、第二項のうち被告幸子が被告車の所有者であることを認め、その余はすべて争う。
三、第三項のうち(四)の弁済をしたことは認め、その余は争う。
四、仮に被告美恵子に過失が認められたとしても、本件事故は、交通頻繁な玉電瀬田停留所付近において原告が横断歩道上を通行せず、斜めに交差点を横断しようとした際発生したものであるから、原告にも相当の過失があるというべく、損害賠償を定めるにつきこれを斟酌すべきである。
立証≪省略≫
理由
一、原告主張の日時場所(横断歩道上であるか否かを除き)において被告美恵子の運転する普通乗用車が原告に接触し、原告が負傷したことは当事者間に争いがない。
二、被告美恵子に過失があったか否かにつき判断する。
≪証拠省略≫を総合すると、被告美恵子は被告車を運転し世田谷区玉川瀬田町四一七番地先道路を二子玉川方面から瀬田交差点方面に向い時速約四〇粁で進行中、右斜前方を進行していた小型貨物自動車に気を取られ、自車の斜前方約一四、六メートルの地点で横断歩道から約一メートルはずれたところを斜に横断中の原告を発見したが、その前を通過し得ると考えてそのまま進行したところ、原告との距離約三、五メートルに至り接触の危険を感じたが、ブレーキをかけるいとまもなく自車の左前ライト部分を原告の左側に接触せしめ路上に転倒させ、原告に対し右側頭部打撲、脳震盪症、右肩挫傷左肘部挫傷、左骨盤骨折、左足部挫傷を与えたことが認められ、右認定に反する原告本人の供述は措信し難い。右認定事実によれば、自動車の運転者は横断歩道附近を通過するに際し、横断歩道上のみならずその近辺の歩行者にも十分留意し、事故の発生を未然に防ぐべき注意義務のあることはいうまでもないところ、被告美恵子は、約一四、六メートル先においてはじめて発見したうえ、同人の前を通過し得るものと軽信し漫然と進行したというのであるから、本件事故は同被告の過失により発生したものといわざるを得ない。
三、被告車が被告幸子の所有に属することは当事者間に争いがなく、同被告に運行の支配利益の帰属のないことにつき主張立証のない本件においては、同被告は運行供用者としての責任があることは明らかである。
次いで、被告三良に運行供用者責任があるか否かについて判断する。≪証拠省略≫によれば、被告三良は川崎テラホールに勤務し、妻の被告幸子と娘の被告美恵子らがレコード小売店を営んでいること、被告車は被告幸子と子供等が購入費を出したため被告幸子の名義となっているが、被告三良及び被告幸子らの商用としており、被告三良が運転する方が多いことが認められる。右認定事実によれば、被告三良は被告車の運行支配をなし運行利益も帰属していたことが明らかであるので、運行供用者としての責任を免れ得ないというべきである。
四、次いで、損害額について判断する。
(一) 原告が本件事故による治療費として四一〇、六二〇円付添費として八六、八九八円を要したことは当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故による負傷のため昭和四一年八月二四日より同年一二月一五日まで世田谷区玉川中町二丁目五八番地小倉病院に入院し、退院後昭和四二年六月六日までの間に自宅より五回同病院へ通院したことが認められる。そして原告の自宅から右病院までの距離からみて、一回の往復に交通費として二〇〇円、五回分合計一、〇〇〇円の交通費を要したことが推認できる。さらに原告は家族の交通費として一八、〇〇〇円を要したと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
(二) ≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故により、昭和四一年八月二四日から昭和四二年三月一五日まで勤務先である株式会社田園無線を休み、この間の給料及び昭和四一年一二月賞与を受けることができず、これに相当する二三七、六二二円の損害を蒙り、さらに昭和四二年三月一六日から勤務したサンウエーヴ工業株式会社より同年夏季一時金の支給を受けるに当り本件事故による長期欠勤のため本来支給されるべき額より一三、八〇〇円減額されたためこれに相当する損害を蒙ったことが認められる。
さらに、原告は本件事故により九日間欠勤しこれを有給休暇によったため有給休暇が減少したとして九、八五五円の請求をする。事故により有給休暇を使ったため、その後休暇がなく給料を減額されたといった特段の事情のない限り、単に有給休暇を事故のための欠勤に使ったといっても実際得た給料に差異がないのであるから損害がないものというべきである。そして、本件においては何らかかる特段の事情について主張立証がないのであるから、原告のこの請求は認めることができない。
以上原告が本件事故により受けた損害額は計七四九、九四〇円となる。
(三) 過失相殺
≪証拠省略≫によると、原告は現場付近のバス停留所から通勤先の会社へ急ぐあまり、横断歩道をまっすぐ渡らず、車道を斜に横切り、進行してくる車に注意を払わず歩行していたことが認められ、右過失が本件事故の一因となっていると認められる。
右過失を損害額の算定に当って考慮すると、原告の右損害のうち被告らに賠償させるべき額は六七五、〇〇〇円とするを相当と認める。
(四) 慰藉料
≪証拠省略≫によると、原告は本件事故により原告主張の如き傷害をうけ、昭和四一年八月二四日から同年一二月一五日まで小倉病院に入院し、その後昭和四二年三月一五日まで自宅で療養し、同年六月六日までの間に五回にわたり右病院に通院治療し、治癒したが、昭和四三年三月頃にも歩いたり、寒いときに腰や左足が痛むことがあることが認められ、なお前段認定の原告の過失をしんしゃくすると、原告は慰藉料として六〇万円の支払いを受けるのが相当であると認められる。
(五) ところで、原告は被告らから四九七、五一八円の弁済をうけこれを治療費と付添費に充当したことは当事者間に争いのところであるからこれを控除すると残金は七七七、四八二円となる。
さらに原告は本件訴訟の提起、遂行を弁護士中村勝美に委任したことが記録上明らかであるが、右弁護士費用のうち原告が被告らに対し賠償を求め得べき額は八〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。
五、よって、原告の請求は、被告らに対し連帯して合計八五七、四八二円および内金七七七、四八二円に対する本件事故の翌日である昭和四一年八月二五日から支払ずみに至るまで民法法定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒井真治)